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京都地方裁判所 昭和62年(ワ)3091号 判決 1992年4月30日

原告

生光不動産株式会社

右代表者代表取締役

中西福子

原告

中西繁

右両名訴訟代理人弁護士

田辺照雄

被告

京都府

右代表者知事

荒巻禎一

右訴訟代理人弁護士

香山仙太郎

右指定代理人

後藤廣生

外二名

被告

株式会社京都新聞社

右代表者代表取締役

坂上守男

右訴訟代理人弁護士

村田敏行

右同

三木今二

主文

一  被告京都府は、原告生光不動産株式会社に対し、金三〇〇万円及び内金一〇〇万円に対する昭和六〇年一一月一日から、内金一〇〇万円に対する昭和六一年一一月一日から、内金一〇〇万円に対する昭和六二年一一月一日から支払済みまで年五分の割合による各金員を支払え。

二  被告らは、原告中西繁に対し、各自金三〇万円及びこれに対する昭和六〇年八月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  被告京都府は、原告中西繁に対し、金五〇万円及びこれに対する昭和六〇年七月一八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

四  原告らの被告らに対するその余の請求を棄却する。

五  訴訟費用中

1  原告生光不動産株式会社と被告京都府との間に生じた費用は、これを五分し、その四を同原告の負担とし、その余を同被告の負担とし、

2  原告生光不動産株式会社と被告株式会社京都新聞社との間に生じた費用は、全部原告の負担とし、

3  原告中西繁と被告京都府との間に生じた費用は、これを四分し、その三を同原告の負担とし、その余を同被告の負担とし、

4  原告中西繁と被告株式会社京都新聞社との間に生じた費用は、これを三分し、その二を同原告の負担とし、その余を同被告の負担とする。

六  この判決は、原告ら勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  原告ら(請求の趣旨)

1  被告らは原告生光不動産株式会社に対し、連帯して金一五〇〇万円及びこれに対する昭和六〇年八月一日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  被告らは原告中西繁に対し、連帯して金一〇〇万円及びこれに対する昭和六〇年八月一日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

3  被告京都府は原告中西繁に対し、金二〇〇万円及びこれに対する昭和六〇年七月一八日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

4  訴訟費用は被告らの負担とする。

5  仮執行宣言。

二  被告ら(請求の趣旨に対する答弁)

1  原告らの請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告らの地位

原告生光不動産株式会社(以下「原告会社」という。)は、京都府知事から宅地建物取引業者免許を受け不動産の売買・賃貸借の媒介等を目的とする会社であり、原告中西繁(以下「原告中西」という。)は、右会社の従業員(営業担当)である。

2  本件不法行為の発生

(一)(1) 原告会社、原告中西及び訴外守沢栄太郎(以下「守沢」という。)は、詐欺及び宅地建物取引業法違反の嫌疑を受け、原告中西及び守沢は、昭和六〇年六月二六日、別紙一記載の事実を被疑事実の要旨とする逮捕状に基づいて逮捕され、引き続いて同月二八日勾留、更に勾留延長により同年七月一七日まで、合計二二日間身柄を拘束された。

(2) 原告中西及び守沢の右被疑事実のうち、詐欺については嫌疑不十分として不起訴処分となり、宅地建物取引業法違反については、起訴されたものの、京都地方裁判所は、昭和六二年六月一九日、原告中西に対し無罪の判決を言い渡し、右判決は確定した。

(二) 逮捕に至る経緯

(1) 原告会社は、昭和五八年初めごろ、訴外永井一喜(以下「永井」という。)から、同人所有の京都市上京区<番地略>所在木造瓦葺二階建居宅の一階店舗部分約二五坪(以下「本件家屋部分」という。)の賃貸の媒介を委任された。

間もなく、原告中西と顔見知りの守沢は原告会社に対し、本件家屋部分を数個に区画し、そこに人を入れ飲食業を経営することを貸主(永井)が同意するのであれば、守沢とその友人の訴外石田光夫(以下「石田」といい、両名を「守沢ら」という。)が借主となって賃借したい旨の申出を行い、原告中西が、永井に守沢の申出を伝えたところ、永井は右申出を了承した。

(2) 貸主永井と借主守沢らは、昭和五八年二月二二日、原告会社の媒介により、本件家屋部分の賃貸借契約を締結した(以下「本件賃貸借」という。)。その際、永井及び原告中西は共に、守沢が本件家屋部分を区画して人を入れ、飲食店を経営する以上、当然転貸することになると思っていたので、原告中西が、転貸可であることを明らかにすべく、用意した賃貸借契約証書中の印刷文言である無断転貸禁止の条項を削除し、新たに転貸を可とする条項を付け加えようとしたところ、守沢はこれを断り、賃貸借で人を入れると、借家法の適用により暴力団関係者等不良分子が入ってきても排除できない、自分が他の店舗で店舗権利者となり、入店者を業務担当者として雇用して営業させ円滑にいっているので、この店舗においても同様にしたい、などと申出、その際、守沢は入店者との間の契約の際に使用することを予定している契約書(以下「本件契約書」という)を永井・原告中西に示した。

(3) 本件契約書の概要は、以下のとおりである。

ア 店舗権利者(賃貸借の場合の貸主にあたる。)は、業務担当者(賃貸借の場合の借主にあたる。)に一定の場所で業務担当者の責任において一定の営業を行うことを許す。

イ 業務担当者は一定額の収益金を店舗権利者に納入する責任を負い、店舗権利者も一定額を給料として支払う。

ウ 業務担当者が一定額の収益以上の収益をあげた時は、それを取得する。

エ 業務担当者は一定の保証金を納入する。

オ 業務担当者は店舗権利者の承認を得てその地位を第三者に譲渡することができる。ただし、その際に業務担当者は一定の承認料を店舗権利者に支払う。

カ 借家法の適用がないことを確認する。

守沢は、同人が入店者との契約に使用する予定の本件契約書を弁護士の指導を受けて作成し、右契約書は、同人の経営する集合店舗に用いて不良分子排除の効果をあげていたことから、同人自身は、本件契約書による契約は雇用契約であると確信していた。

守沢は本件契約書の内容を永井及び原告中西に説明し、雛形一枚を永井に渡した。

以上の経緯で、本件賃貸借契約は無断転貸禁止の条項を残していたが、永井と守沢は、口頭で、守沢が本件契約書を使って第三者を入店させ得ること及び第三者を交替させ得ることについて合意した。

(4) 永井と守沢らは、昭和五八年六月六日追加契約書を作成し、本件賃貸借契約の特約条項として、第三者が入店あるいは入店者変更の都度、守沢らが永井に対し承認料として金二万円を支払う旨合意した。永井は、原告中西及び守沢の要請により、同日追加契約書に署名捺印した。

(5) 守沢らは、本件家屋部分を五店舗に区分し、入店者の募集について原告会社の協力を求めた。

その方法については、本件契約書は一般にはなじみがうすいので、広告は原告会社媒介の貸店舗として行い、借受希望者が現れた時に、守沢が自ら本件契約書の説明を行い、本件契約書による契約で入店することを了承した者と本件契約書により契約を締結し入店させることとした。別紙一記載の被疑事実の要旨中、被害者とされている訴外上出安子(以下「上出」という。)、同西口喬介(以下「西口」という。)及び同東本こと鄭滝子(以下「東本」という。)は、いずれも、守沢の説明に納得して本件契約書に基づく契約を締結して入店した者であるから、原告らに詐欺の成立しないことは明らかである。

また原告らも、本件契約書が賃貸借でなく雇用であり、賃貸借でないことが不良分子排除の妨げとなる借家法の適用を排することを可能とするという、守沢の説明を信じていたので、賃貸借契約の媒介という認識が全くなく、賃貸借契約媒介について宅建業法が規定する所有者名等、所謂重要事項の書面による告知を差し控えていたのであって、故意犯である宅建業法違反の成立の余地のないものであった。

なお、原告中西は、所有者の告知については、賃貸借の媒介の際の如く書面でこそしないが、一戸の家屋の壁一つで仕切った西側に所有者永井が居住する関係上、入店者が飲食店営業上の内装工事の電源の便をうける際などに所有者永井の存在を事実上全入店者に知らせている。

(6) 昭和五八年九月には、五店舗とも入店者が決まり、酒好きの永井は家主と名乗り、各店舗をハシゴして楽しんでいた。

ところが、永井は次第に不法な意図を持つようになったか、守沢らが各入店者を無断転貸により入店させたとして、昭和五九年一〇月一八日、京都地方裁判所で本件家屋明渡し請求を本案とする本件家屋部分占有移転禁止及び執行官保管の仮処分決定を得、同月二二日、これに基づく執行がなされた。永井は、本件仮処分決定の申請を行うに際し、前記本件契約書のみを提出し、同人が第三者を入店させることを承諾していたことを示す追加契約書を伏せていたので、守沢らが、仮処分異議を申し立て、追加契約書を提出し何ら契約違反のない事実関係を明らかにしたところ、昭和六〇年三月二七日、右仮処分決定取消の判決があり、仮処分執行も解放された。

しかし、永井は、昭和五九年一一月一日、店舗明渡しの本訴も提起し、さらに仮処分異議第一審判決に対して控訴した。

右本訴第一審及び仮処分異議控訴審とも、守沢らが全面勝訴し、本案については、昭和六二年一月二〇日控訴審で和解が成立し、その内容は、守沢らの主張どおり、永井が本件契約書により入店者を本件店舗に入れることを認め、守沢らは永井に対し、同人の不法提訴に対する損害賠償請求権を放棄するというものであった。

(7) この間、入店者の一人である西口は、原告会社に対し、原告会社の本件入店契約の媒介は違法であり権利譲渡も永井によって許されていないと強弁し、自己が店舗権利者石田に支払った権利金一五〇万円を弁償するよう執拗に請求し、原告会社が拒否すると、西口は、宅建業者の監督官署である京都府土木建築部建築指導課に申告した上、昭和六〇年三月二七日、原告会社を京都府警西陣警察署(以下「西陣署」という。)に告訴した。西口の右行為が、本件捜査の端緒となった。

(三) 京都府警察官の行為の違法性

(1) 参考人に対する取調べの違法性

西陣署の警察官が原告中西の逮捕状を請求した当時、すでに、永井対守沢らの民事紛争につき、永井の主張を斥けた仮処分異議事件の判決が存在し、西陣署の警察官は、本件契約書、永井と守沢らの間の追加契約書を押収していた。したがって、本件被疑事件の捜査にあたった警察官は、予断を持たなければ容易に本件被疑事件が無罪であることを認識できたのに、予断を持ったため不注意にも、永井、西口、東本及び上出一正らの各供述調書として、あたかも、被疑事実が存在するかのような内容の供述調書を作成した。これに基づき、西陣署の警察官が逮捕状を請求したため、京都地方裁判所裁判官は、原告中西の嫌疑ありと認めて逮捕状を発し、その後原告中西は、勾留及び勾留延長までされて二二日間も身体の拘束を受けることとなり、深甚な肉体的精神的苦痛を受けた。

(2) 原告中西に対する取調べの違法性

原告中西の取調べに当たった西陣署の警察官は、著しい予断を持ち、原告中西の弁明を聞き入れず、身体を拘束され精神的に弱っている同人が懸命に前記仮処分異議事件判決で同人らの行為の正当性が認められている旨主張しても、民事の判決は刑事には関係がないとして斥け、原告中西が弁明すればするほど、反省がないと言って起立させたり、取調べをせず房に入れたまま放っておいたりして、同人の弁明の意欲を失わさせ、取調べの警察官の判断を押しつけて、原告中西が守沢の西口らからの金員騙取に加功した旨の供述調書(自白)を作成し、原告中西に著しい精神的損害を与えた。

(3) 新聞社に対して本件捜査の事実を知らせた違法性

原告中西の取調べにあたった西陣署の警察官は、前記(一)の通り、本件被疑事実が無実であると判断し得たはずであり、かつ、本件被疑事実の捜査が報道された時は、それを読んだ市民の多くが原告らが詐欺等の犯罪行為を行ったと即断するか、少なくともその嫌疑を受けているということから原告らに対する信頼性に疑いを持つ事案であるから、少なくとも捜査を完了し、検察官が起訴すべしという判断に達するまでは、軽々と報道機関に捜査の事実を発表することを差し控えるべきであるのに、いまだ捜査中である昭和六〇年六月二七日ころ、新聞紙上に報道されることを承知で、被告京都新聞社(以下「被告新聞社」という)及びその他の新聞社の記者らに、本件被疑事件についての嫌疑事実及び原告中西を逮捕取調中であることのみ発表し、原告中西らの弁解を全く明らかにしなかった。それにより、被告新聞社は同月二八日付け京都新聞朝刊で、訴外株式会社朝日新聞社は同月二九日付け朝日新聞朝刊で、訴外株式会社毎日新聞社は同月二九日付け毎日新聞朝刊で、それぞれ本件被疑事実及び原告中西が逮捕取調べを受けている事実を報道した。

(四) 被告京都新聞社の行為の違法性

被告新聞社は、本件の捜査にあたった警察官から、本件捜査に関する情報を得て、被告新聞社の発行する昭和六〇年六月二八日付けの日刊京都新聞朝刊に、二倍活字による「借!り?た店舗は自分の店!舗?」、三倍活字による「また貸し、300万円懐に」という大見出しの下、別紙二記載の本件被疑事件に関する記事を掲載した。右記事は、捜査がなされているという事実の報道に止まらず、詐欺の事実があったと読者が誤信する内容を持ち、このような内容の記事を報道する場合公正な記事を報道すべきであるのに、弁明の調査すら行わず、公正な報道を行わず、原告らの名誉及び信用を害した。

3  被告らの責任

(一) 被告京都府

本件被疑事件の捜査に関して前記違法行為をなした西陣署の警察官は、いずれも京都府の公権力の行使にあたる公務員たる警察官が、その職務を行うにつき過失により違法に原告らに対し損害を与えたものであり、右各行為は国家賠償法一条に該当するから、被告京都府において賠償責任を負うものである。

(二) 被告京都新聞社

被告新聞社は、その発行する昭和六〇年六月二八日付け京都新聞朝刊に、その雇用する使用人によって原告らの名誉及び信用を棄損する本件被疑事件に関する記事を作成及び掲載したので、民法七〇九条若しくは同法七一五条により、原告らの被った損害を賠償する義務がある。

4  損害

(一) 原告会社

(1) 原告会社の経営状態

原告会社は、資本金三〇〇万円の株式会社であり、株主は原告中西、原告中西の妻及び原告らの子三名の計五名である。昭和五八年以降現在まで、原告会社の事業に従事してきた者は、原告中西、妻福子及び息子康雄の三名であり、現在の代表取締役は妻福子であるが、事実上の経営者は原告中西である。

以上のような立場にある原告中西を逮捕の上、本件被疑事実及び逮捕取調べの事実を被告新聞社その他の新聞社に公表し新聞報道させた一連の行為は、原告会社の信用を失墜させるものである。

(2) 原告会社の減収(財産的損害)一五〇〇万円

① 原告会社の人件費は同社の収益に応じて適宜増減してきたので、本件の損害額をみるには原告会社の人件費支出前をみなければならない。

② 減収期間は昭和六〇年七月一日から昭和六二年一〇月三一日まで(二八か月)である。

③ 本件不法行為以前二〇か月の原告会社の収益(ただし人件費支出前)の月平均は、金一一三万九〇三二円である。

④ 昭和六〇年七月一日から昭和六二年一〇月三一日までの収益は、一六〇九万七八五八円である。

⑤ 以上から減収額を計算すると、(113万9023×28)−1609万7858円=1579万4786円

右減収額の内一五〇〇万円を損害として請求するものである。

(二) 原告中西

(1) 被告京都府所属の公務員たる警察官の捜査及び取調べに対して、慰謝料として、二〇〇万円

(2) 被告京都府所属の公務員たる警察官の報道機関への発表行為及び被告新聞社等の新聞記事掲載に対して、慰謝料として、一〇〇万円

5  よって、原告会社は、被告京都府及び被告新聞社に対し、不法行為に基づく損害賠償として金一五〇〇万円及びこれに対する不法行為後の昭和六〇年八月一日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の連帯支払を、原告中西は、被告京都府及び被告新聞社に対し、不法行為に基づく損害賠償として金一〇〇万円及びこれに対する不法行為後の昭和六〇年八月一日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の連帯支払を、さらに原告中西は被告京都府に対し、不法行為に基づく損害賠償として金二〇〇万円及びこれに対する不法行為後の昭和六〇年七月一八日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を請求する。

二  請求原因に対する認否

(被告京都府)

1 請求原因1の事実は認める。

2 同2(一)(1)の事実は認める。同(2)の事実のうち、詐欺の被疑事実について不起訴処分がなされたこと、宅地建物取引業法違反の被疑事実については原告らが起訴されたことは認めるが、その余は不知。

3 同(二)(1)の事実のうち、昭和五八年初めごろ、原告会社が、訴外永井から本件家屋部分の賃貸の媒介を委任されたことは認めるが、その余は争う。

同(2)の事実のうち、昭和五八年二月二二日、原告会社の媒介により貸主永井、借主守沢らに本件家屋部分の賃貸借契約が締結されたことは認めるが、その余は争う。

同(3)の事実のうち、本件家屋賃貸借契約上、無断転貸禁止の条項が残されたことは認めるが、その余は争う。

同(4)、(5)、(6)の事実はいずれも争う。

同(7)の事実のうち、西口より告訴があり、本件捜査がなされたことは認めるが、その余は争う。

4 同(三)の事実は否認する。

5 同3(一)の主張は争う。

6 同4の事実は不知。

(被告京都新聞社)

1 同1の事実は不知。

2 同2(一)(1)(2)の事実は認める。

3 同(二)の事実は不知。

4 同(四)の事実のうち、被告新聞社が昭和六〇年六月二八日、日刊京都新聞に本件被疑事件に関する記事を掲載した事実は認めるが、その余は争う。

5 同3(二)の主張は争う。

6 同4の事実は不知。

三  被告京都府の主張

1  捜査の端緒と逮捕請求の正当性

(一) 本件捜査は、西陣署が、昭和六〇年三月二七日、西口の原告会社に対する告訴状を受理したことが端緒となった。

(1) これに基づき、西陣署警察官が捜査を開始したところ、本件家屋部分の所有者が永井であること、昭和五八年二月二二日付け永井と守沢らとの間の本件家屋部分の賃貸借契約には無断転貸禁止の条項が存すること、同年六月六日に、永井と守沢らの間で、業務担当者を雇用するについての追加契約書が締結されていること、が判明した。

(2) また、西口からの事情聴取により、原告会社は「賃借人募集」との新聞広告をしていたこと、原告らは、契約に際して全く通常の賃貸借と変らないような説明をしていたこと、しかし、契約書はいわゆる賃貸借契約書とは異なるものであり、守沢及び中西は、この契約書は形式的なものである、賃貸借契約とすると、借家法で暴力団関係者を追い出すことができなくなるからだ、と説明していたこと、契約の際、守沢は石田と称していたこと、権利金の領収書には門野工務店の大工工事代と書かれており、この点に関し、守沢らは税金対策と説明していたこと、その後、西口は、焼鳥店「にしき亭」を営業していたが、昭和五九年一〇月二二日、京都地方裁判所執行官が占有移転禁止の仮処分の公示を行ったこと、この点につき、西口が守沢らに説明を求めると、守沢は追加契約書を示したが、これには永井に二万円の承諾料を支払う等の内容となっていたこと、そして、その後西口は、自己が転借人であることを知ったこと、西口としては、契約前に無断転貸禁止の説明を受けていたならば契約をしなかったことが明らかとなった。

(3) 以上の捜査結果から、守沢及び中西が、本件家屋部分につき真の所有者及び無断転貸禁止物件であることを秘し、石田が物件所有者及び賃貸人であるかの如く装い、西口から権利金・敷金名下に金員を騙取した詐欺ならびに真の所有者を秘す等重要事項の不告知又は不実告知の宅地建物取引業法違反の容疑ある事件と判断した。

(二)(1) その後、西陣署警察官が他の入店者からも事情聴取したところ、上出安子、上出一正及び東本からも、契約書の内容やこれに対する原告中西及び守沢らの説明について西口と同様の事実を確認できたこと、特に東本については、仮処分後守沢の説明に納得できなかったので一時家賃を支払わなかったところ、石田名で退去方の内容証明郵便が送達され、同年一一月二六日、守沢によって、店舗が破壊されたことが判明した。

(2) さらに他の入店者である小川及び秦についても事情聴取を試みた。同人らは、本件の捜査に非協力的であったが、守沢の窃盗及び器物損壊等被疑事件(被害者東本)に関する同人らの供述調書によれば、同人らが西口らと同様の契約書により、契約をしている事実を確認できた。

(3) 西陣署警察官は、昭和六〇年五月二四日永井から事情聴取し、同人に対し契約に至る経緯及び追加契約書について説明を求めたところ、無断転貸禁止として賃貸したこと、確かに、昭和五八年六月六日、追加契約書で雇入れを承認しているが、これは転貸しないことが大前提であり、あくまでも守沢及び石田が経営者となって人を雇い入れることを承認したにすぎないとの事実が明らかになった。

(三) 以上から、原告ら及び守沢の(一)(3)の容疑が明白となり、東本の例をかんがみると、警察官が強制捜査をしなければ、守沢らが再び関係者に圧力をかけたり通謀する恐れがあると思われたので、警察官は中西及び守沢の逮捕に踏み切ったのであって、本件逮捕は正当なものである。

2  本件取調べの正当性

(一) 取調べの概要

(1) 原告中西の取調べは、昭和六〇年六月二六日から同年七月一七日までの間、一七回にわたって行われ、同人の供述調書は全部で一二通作成された。

(2) 同人の昭和六〇年六月二七日の調書では、詐欺の犯意及び守沢との共謀を否定したが、宅建業法違反の事実については一応是認する供述を行った。しかし本件入店者との契約をどうとらえていたかについは、はっきりしなかった。

同人の同年七月一日の供述も、犯意については六月二七日と同様であった。しかしながら、原告中西の供述中には、

① 原告中西と守沢の関係及び原告らの犯行動機が不明確なこと。

② 原告中西が店子らから受け取った権利金等の金の流れに関し、原告会社が訴外松葉工務店に対し、右権利金相当額を工事代金として渡したとする領収書が、偽造であったこと。

③ 西口らから受け取った権利金に対する虚偽名目の領収書の件。

④ 守沢らが入店者上出に対し、明白に賃貸借であることを明記した仮領収書を発行したいきさつ。

⑤ 原告中西が、永井・守沢間の賃貸借契約締結の際守沢からは仲介手数料を貰わなかったと供述していること。

⑥ 原告中西が入店者らの家賃を集金していたこと

⑦ 原告中西及び守沢が、永井との契約の時点で本件「雇用契約」については了解を得ていたとしながら、六月六日に改めて追加契約を締結していること。

といった不自然、不合理な点があった。

そこで、取調べに当たった京都府警本部防犯課警部補M(以下単に「M警部補」という。)が、これら矛盾点を中心に追及したところ、原告中西は、昭和六〇年七月四日の調べあたりから、入店者との契約を賃貸借契約と理解していた等、真実を供述する態度となったのである。

M警部補が、同年七月六日の調べで、不自然な点をよく整理するように論したところ、原告中西はM警部補の話に耳を貸す態度であった。

そして、M警部補は、詐欺の事実を認めた同年七月八日ないし一〇日の原告中西の供述調書を作成した。特に原告中西が守沢から仲介手数料を受け取ったいきさつ等については、原告中西の供述があるまで、取調官の全く知らないことであった。

(3) ところで、M警部補は、京都地裁の仮処分が請求異議により取り消され、現在大阪高裁にて控訴審の審理が行われていること、また、田辺弁護士から「民事裁判で認められたのに詐欺になるのか。」との架電があり、本件に関し民事でも争われているという事実を知っていた。しかし、原告中西本人は、その経過及び結果につき、本件はもともと詐欺及び宅地建物取引業法違反にならないもので自己の行為は正当な行為という主張を一切しなかった。それどころか、原告中西は、「七月九日に宅建協会に呼び出されて、仲介した契約は賃貸借契約か、と問いただされた際、雇用契約であると言ったら、店舗権利者である石田の証明書を持ってくるように言われた。」と、新たな供述を行っているのである。

(二) 取調べ状況

(1) 警察での取調べは、主として、前述のM警部補が行った。

警察での取調場所は、京都府西陣警察署の防犯課取調室であった。取調時間は別紙三のとおりである。決して過度に長時間に及ぶものではない。

(2) 原告中西は、逮捕勾留直後、他の被疑者一般に見られるのと同様に精神的に動揺していたので、M警部補が、中西の不安感を除去すべく努力した。

(3) 原告中西が逮捕後下痢気味であると訴えたので、西陣警察署警察官は、原告中西の希望する薬を与えたり、警察医の診察を勧めたりする等、健康面に配慮しつつ取調べに当たった。加えて原告中西が高齢(当時六八歳)であることも考慮して、日曜日や夜間・深夜の取調べは行っていない。

(4) M警部補は、調書作成に際して、原告中西が知識・経験豊富なベテラン不動産業者であることから、後日供述内容を巧みにとりつくろい犯行を否認する恐れがあると思われたので、わざわざ原告中西本人に全調書閲読させ、供述内容を確認の上署名捺印させた。

(三) 報道機関に対する発表行為

(1) 本件事件に関して報道機関に対し情報を提供する行為は、公共の利害に関する事柄につき専ら公益を図るためになされたものであり、しかもその内容は真実であるから、本件報道に違法性はない。

(2) 仮に事実に一部誤りがあったとしても、これを真実であると信じたことについての判断には過失がなく、合理的な理由が存した。

四  被告京都府の主張に対する認否及び原告らの反論

1  三1(一)(1)の事実は認める。

2  同(2)の事実のうち、原告会社が「賃借人募集」との新聞広告をしていたこと、契約に際しては全く通常の賃貸借と変らないような説明がなされていたこと、しかし、契約書はいわゆる賃貸借契約書とは異なるものであり、守沢・中西は、この契約書は形式的なものである、賃貸借契約とすると暴力団関係者を追い出すことができなくなるからだ、と説明していたこと、契約の際、守沢は石田と称していたこと、権利金の領収書には門野工務店のための大工工事代と書かれており、この点に関し、守沢らは税金対策と説明していたこと、昭和五九年一〇月二二日、京都地方裁判所執行官により占有移転禁止の仮処分の公示がなされたこと、この点につき、西口が守沢らに説明を求めると、守沢は追加契約書を示したこと、については概ね認めるが、その余は不知。

3  同(3)について、争う。

4  同(二)(1)の事実は不知。

同(2)の事実について、店子小川・秦が、西口らと同様の契約書によっていることは認めるが、その余は不知。

同(3)の事実について、永井との契約には無断転貸禁止の条項が残っていたことは認める。昭和五八年六月六日、追加契約書で雇入れを承認したことは否認。その余は不知。

5  同(三)の事実は争う。

6  同2(一)(1)の事実について、原告中西に記憶がないので不知。

7  同(2)の事実について、当初詐欺の事実を否認していた点は認めるが、その余は否認。

(一) ②の原告会社が訴外松葉工務店に渡した領収書が偽造であるからといって、詐欺被疑事実とは関係がない。これは、永井が訴えを提起したのを契機に、西口らから原告らに対する追及が始まり、原告中西は、いったん入店者らから受領した権利金を守沢へ交付したことを証明する領収書が存しないことから、自己に詐欺ないし横領の嫌疑をかけられることを危惧し、守沢に相談したところ、同人が訴外松葉工務店の了解を得て、原告会社が入店者から権利金を受領した際、入店者らに発行した工事分担金あるいは大工工事代名目の領収書の金額に合わせて、右原告会社・松葉工務店間で領収書を作成したので、当初、原告中西はこれに合わせて供述していたにすぎない。

また、右原告会社・松葉工務店間の領収書の件は、原告中西が店子から権利金として金員を受け取ったあとの問題で、本件詐欺被疑事件の成否とは無関係である。

原告中西は、取調べにあたったM警部補が予断を持って捜査にあたっていたため、原告会社・松葉工務店間の領収書発行にいたった経緯を正直に話せばどう解釈されるかわからないという不安から、この点についてはなかなか真実が述べられなかったのである。

(二) ③の西口らからの権利金に対する虚偽名目の領収書の件については、入店者らがそのような名目での領収書であることを了承していたのであるから、問題ない。

(三) ④の守沢らが入店者上出に対し、明白に賃貸借であることを明記した仮領収書を発行したいきさつについては、上出側が店舗改装費用の融資を受けるには店舗の賃貸借でないと困るというので、上出が融資を受けられるよう特別に作成したものである。なお、原告らと上出間において後々のトラブルを避けるべく、本件仮領収書作成の事情を記載した文書が同時に作成されている。

(四) ⑤の、原告中西が永井・守沢間の賃貸借契約締結の際、守沢からは仲介手数料を貰わなかったといったん供述したのは、守沢が原告中西に対し、仲介手数料に見合う領収書は不要だと前置きして自発的に仲介手数料相当額の金員を交付したので、原告中西は右金額を個人的な心付けと理解していたことから、同人の供述にやや矛盾と思われるような点が出てきただけである。

なお、M警部補は、取調べ中、他の入店者である小川・秦からも被害届が出たから、その件でも、逮捕・勾留が可能である旨を原告中西に告げて、同人の真実を話そうという意欲をいっそう喪失させた。

8  同(3)の事実について、M警部補が、京都地裁の仮処分が請求異議により取り消され、現在大阪高裁にて控訴審の審理が行われていること、また、田辺弁護士から「民事裁判で認められたのに詐欺になるのか。」との架電があり、本件に関し民事でも争われているという事実を知っていたことは認めるが、その余は否認。

9  同(二)(1)について、取調べがM警部補によって行われたこと、及び取調べ場所が京都府西陣警察署の防犯課取調室であったことは認めるが、その余は不知。

10  同(2)(3)(4)について、原告中西が不安感を示していたこと、原告中西が下痢気味であった事実は認めるが、その余は否認。

なお、原告中西が下痢をしながら診察を拒んだのは、治療のため取調べが遅れ、身柄の拘束が長期化するのを危惧したからである。

11  同(三)(1)(2)について、争う。

五  被告新聞社の主張

1  本件記事の内容たる事実は捜査機関において捜査中の犯罪行為に関するものであって、公共の利害に関する事実であり、被告新聞社は専ら公益を図るためにこれを報道したものであるところ、その内容は、逮捕の事実を報道したのにとどまるから、本件報道に違法性はない。

2  仮に事実に一部誤りがあるとしても、これを真実と信ずべき相当な理由があった。

六  被告新聞社の主張に対する原告らの認否及び原告らの反論

1  1につき否認する。

被告新聞社の新聞記事は、「これまでの調べで守沢らは中西の勧める会社名で広告を使って店舗の借主を募集。Aさんには守沢が飲食店を営み、実際の店舗使用者である飲食業者は業務担当者として雇用していると偽っていた。」と、断定的しめくくりをしているが、これは真実ではない。

全体として、一般読者が原告中西が詐欺を行ったと信じて当然と思われる表現が用いられている。

2  2につき否認する。

裏付けがとれないのであれば、本件記事のように被疑者の氏名まで明記して報道すべきでない。

第三  証拠<省略>

理由

第一被告京都府に対する請求について

一請求原因1及び2(一)(1)の事実は、原告らと被告京都府の間において争いがない。

二同2(一)(2)の事実のうち、詐欺について不起訴処分がなされたこと、宅地建物取引業法違反について原告らが起訴されたことについては争いがなく、<書証番号略>によれば、昭和六二年六月一九日原告中西の宅地建物取引業法違反被疑事件について、無罪の判決が言い渡され、確定したことが認められる。

三逮捕に至る経緯について

1  原告会社と永井との間の本件家屋部分についての契約の実態及び民事紛争について

(一) 同2(二)(1)の事実のうち、原告会社が永井から、昭和五八年初めころ、本件家屋部分の賃貸の媒介を委任されたこと、同(2)のうち、貸主永井、借主守沢らの本件家屋部分の賃貸借契約が、昭和五八年二月二二日、原告会社の媒介により締結されたこと、同(3)のうち本件家屋部分賃貸借契約上、無断転貸禁止の条項が残されたことは、原告らと被告京都府との間で争いがない。

(二) 右の争いのない事実に、<書証番号略>及び原告中西本人尋問の結果を総合すると、以下の事実が認められる。

(1) 原告会社は、かつて永井の父から京都市上京区<番地略>所在の本件家屋二階部分の賃貸の媒介を委任されたことがあったところ、昭和五八年初めころ、永井から、本件家屋部分の賃貸の媒介を委任された。

永井は、従前本件家屋部分を倉庫として借りていた賃貸人が家賃の滞納をし、明渡してもらうのに苦労したことから、今度は賃料を確実に払ってくれる人が賃借人として入ってくれることを強く希望していた。そこで原告会社は永井からの依頼に応じ適当な賃借人を探したが、希望者に本件家屋の現状を見せると、従前が倉庫であったこともあって荒れており、店舗等にするには相当の改装費用を要するということで二の足を踏まれ、なかなか賃借人が決まらなかった。

(2) そのうちに、原告中西は、昭和五〇年ころよりの知り合いで、その所有するアパートの賃貸の仲介をしたことのある守沢が原告会社を訪れたので、同人に本件家屋部分を紹介した。

原告中西は、守沢が、高齢だから自分では営業できないが、いくつかに区画し人を使って営業することに永井が同意するのであれば借りてよい旨述べたので、その旨永井に伝えたところ、永井は、家賃が確実な人であれば転貸でもかまわない旨述べ、これを了解した。

(3) そこで、昭和五八年二月二二日、永井と守沢らは、原告会社の仲介で本件家屋部分の賃貸借契約を締結することとなった。

ところでその際、原告中西は、守沢から、「人を入れて営業させる。」と聞いたので、永井の承諾を得て、自分の用意した賃貸借契約書の雛形の中の無断転貸禁止の条項を削除して、契約書末尾に転貸を認める旨の特約条項を加えようとしたところ、守沢から、賃貸借で人を入れると借家法の適用により暴力関係者等不良分子が入ってきても排除できない等異議が述べられるとともに、従前から弁護士に見てもらって作った本件契約書(以下「本件契約書」という。)で入店者との契約を行っており、他の店舗ではこの契約書により自分を店舗権利者、入店者を業務担当者として雇用して営業させることによりうまくいっているので、ここでもそうしたいとの申出があり、請求原因2(二)(3)アないしカと同一内容の本件契約書が永井及び原告中西に示され、本件契約書中の各条項の説明がなされた。

永井は、守沢の申出を承諾し、本件賃貸借契約においては、あえて無断転貸禁止の条項を削除して転貸を認める旨の特約を入れないこととした。そして、原告中西は、本件契約書について、雇用契約書の様式だけれども、賃貸借と同じ効力のあるものであると理解していた。

(4) 昭和五八年四月になって本件店舗部分の改装工事が始まり、同年五月下旬には右工事が完了した。

そこで守沢からの依頼により、原告会社が入店者の仲介を行うこととなったが、新聞広告については守沢が手配し、「業務担当者募集」というようなものであれば分かりにくいことから「貸店舗」とした。また、守沢は、永井の玄関近くに「貸店舗」の広告も出した。なお、本件契約書(雇用契約)は内容が難しいということから、守沢自身がその説明を行うこととなっていた。

(5) 上出は、右新聞広告を見て本件家屋部分の入店者となることを希望し、守沢から本件契約書の説明を受け、守沢の了解を得れば権利譲渡できる点を確認したうえ、昭和五八年五月二三日、同人との間で、原告会社を仲介人として、本件契約書により契約を締結した(なお、右契約書では、店舗権利者が石田となっているが、実際は、守沢である。)。

ところで、右契約時、上出が金融機関から融資を受けて内装工事を行う必要があり、そのために賃貸借契約のような形式にしてほしいと希望したので、守沢および原告中西は、貸主・借主・敷金・家賃等を記載した手付金の仮領収書(<書証番号略>)を発行したが、賃貸借契約を締結したような形式を残す仮領収書には不安があったので、その場で、右仮領収書の写しに「昭和五八年五月二三日契約証書通りである。乙(上出)の融資の為便宜上発行したものであり、乙は賃貸借でない事を認諾」と書き込んで上出に署名捺印させた(<書証番号略>)。

(6) 守沢は、上出との契約後の昭和五八年六月六日、本件契約書を使って入店者を入店させることにつき、さらに念のために永井の承諾を得ておこうと考え、業務担当者を雇用することにつき貸主永井が承諾料二万円の条件で承諾する旨の追加契約書(<書証番号略>)を作成し、原告中西を同行して永井宅へ赴き、永井に署名捺印を求めたところ、同人がこれに応じた。

(7) ところで、上出は前記契約後、利用部分について内装工事をすることとし、そのための電源を永井宅から引かせてもらうこととなったが、その際、原告中西は、上出に対し、永井が本件家屋部分の所有者であることを告げた。

(8) その後、守沢は西口との間でも、上出と同様に本件契約書により契約を締結したが、その際、原告中西は西口に対し、口頭で所有者が永井であることを告げた。

(9) さらに守沢は、訴外朝日不動産商事株式会社の仲介で東本との間でも本件契約書により契約を締結した。

(10) このようにして、昭和五八年一〇月には、五店舗全部が営業を開始したが、その後永井は、本件家屋部分を店舗に改造したことにより火災保険料が高くなったことから、守沢に保険料額の一部を負担するよう要求するのみならず、家賃の値上げも求めて来るようになった。また、永井は、永井・守沢の双方の費用負担の約束で守沢により店舗の防音工事が施工されたにもかかわらず、完成するや全く費用を負担しなかったこともあった。

しかしながら、永井と守沢との間では、本件契約書が無断転貸にあたるといった紛争はなかった。

(11) ところが、永井は、昭和五九年一〇月一八日、無断転貸を理由として、石田・守沢・西口・東本・秦・小川に対し、占有移転禁止、執行官保管の仮処分の申請を行い、同日その決定を受け、同月二二日、右仮処分の執行を行った。しかし、この決定に対して、石田・守沢・秦・小川から仮処分異議の申立てがなされ、京都地方裁判所は、昭和六〇年三月二七日、本件契約書に基づく占有移転については永井の承諾があるとの理由で右仮処分決定を取り消した。

他方、本案については、昭和六一年六月一三日、永井敗訴の判決があり、昭和六二年一月二〇日、控訴審において守沢らの言い分を認める形で和解が成立した。

2  本件捜査の経緯

(一) 請求原因2(二)(7)の事実のうち、西口より告訴があり、本件捜査がなされたことは当事者間に争いがない。

(二) 右争いのない事実に、<書証番号略>、証人Mの証言及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

(1) 西口は告訴する前に西陣署で本件に関する相談をしており、応対したM警部補は西口に対し、「恐らく民事裁判があり、裁判途中で色々立証されると思うので、それから訴えても良いのではないか。」といった指導をしていたが、約四か月後である昭和六〇年三月二七日、西陣署警察官は、西口から、原告会社は西口に対し、永井と守沢らが本件家屋部分の賃貸借契約を締結しており、西口は転借人の立場にあったこと及び右賃貸借契約には譲渡転貸禁止の特約があったことについて告知説明せず、書面の交付もせず、名義書換料を払えば権利譲渡ができるなどと偽って本件家屋部分の賃貸借契約をしたのであって、原告会社の右行為は、宅地建物取引業法三五条、三七条、四七条に違反するとの内容の告訴を、添付の新聞広告、西口と守沢の契約書、権利金領収書、追加契約書、仮処分申請書、同仮処分決定書及び永井の明渡請求の訴状といった書面のコピーとともに受理した。

(2) 西陣署警察官は、本件捜査を開始するにあたって、まず本件家屋部分の所有者を調査したところ、同年四月二日、京都市上京区丸太町通智恵光院東入西院町九二二番地在住の永井であることが判明した。

次いで関係人から事情聴取を行うこととし、同年五月一三日には入店者の東本、同月一五日には同じく入店者の上出安子の父である上出一正、そして同月二九日には、告訴した西口より各店舗の契約書、領収書及び店舗見取図の任意提出を受けて事情聴取を行った。

その結果、右警察官は、原告中西が、東本との契約を除くその余の守沢と入店者との間の契約の仲介に関与していたこと、守沢と永井間で本件家屋部分についての賃貸借契約が締結されており、右契約書には無断転貸禁止の条項が残されていたこと、東本・上出・西口は、守沢が家主であると思って、同人と店舗の賃貸借契約を締結しており、右契約は、雇用契約によるものであるが、同人らは契約の際、守沢から通常の賃貸借と同様であり、権利譲渡もできるとの説明を受けていたこと、さらに、守沢は、上出に対し、賃貸借である旨を明記した仮領収書(<書証番号略>)を交付していること、にもかかわらず、債権者を永井、債務者を東本、上出、西口らとする占有移転禁止の仮処分決定がなされ、昭和五九年一〇月二二日、右仮処分の執行がなされるとともに、原告を永井、被告を訴外石田光夫、守沢、東本らとする店舗明渡請求の訴状が送達され、入店者らは権利譲渡ができなくなったばかりか、店舗に投下した権利金、敷金及び内装工事費等の回収も困難となり、多大な損害を被る恐れがあること、なお東本は、右仮処分後、守沢に対する不信感から賃料相当金の支払いを保留したところ、東本経営の店舗が破壊される事件が発生し、東本は、守沢らを器物損壊等で告訴していること等の供述を得るに至った。

他方、右警察官は、昭和六〇年五月二四日、本件家屋部分の所有者である永井からも事情聴取を行い、永井が昭和五八年二月二二日、守沢らとの間で本件家屋部分を転貸禁止の約束で賃貸借契約したこと、その後原告中西が前記追加契約書を持参して永井方を訪れ、永井の妻恵美子が署名捺印したが、永井自身右追加契約書の内容が雇用契約を意味する文面であり、添付の本件契約書の特記事項には、「右契約は賃貸借契約ではない。」旨明記されていることなどから、特に問題ないものと思っていたこと、本件家屋部分の内装工事がなされて五店舗が開店したが、永井は、これらの経営者が守沢らで、西口、東本、上出らはいずれも従業員として働いているものと思っていたこと、しかるに、その後永井は、東本らの話から店の経営者が同人らであり、権利を買っているとの話を聞き、守沢らが無断譲渡転貸をしているものと判断して占有移転禁止、現状変更禁止の仮処分を申請し決定を得たところ、相手方から仮処分異議の申立がなされたので、永井も店舗明渡請求の本案訴訟を提起するに至り、最近右仮処分異議認容判決(仮処分取消し)が言い渡されたことの各供述を得たが、右仮処分異議認容判決についての供述は調書に記載しなかった。

なお、右警察官は、永井から、同日守沢らとの本件賃貸借契約証書、追加契約書及び昭和六〇年二月一三日の右仮処分異議訴訟第一審における原告中西の証人尋問調書のコピーの任意提出を受けた。

そこで、西陣署警察官は、さらに告訴事実の裏付けを行うため、他の入店者である秦及び小川について、守沢の右器物損壊罪等被疑事件における供述調書を入手する一方、同年六月五日、秦及び小川から事情聴取を試みたが、同人らはこれを拒否し、うち小川は、事情聴取に協力できない理由として、「不動産屋の話では、民事でも家主永井が、九〇パーセントの確率で敗訴する、権利譲渡はいつでもできると言っていますので、営業を続けていきます。放っておいてください。西口さんが何を言おうと、一切関係ありません。」と申し述べたので、右目的を果たせなかった。

そこで、上出・東本・西口について、六月一一日ないし一三日に、再度の事情聴取を行い、各店舗の投下資金の明細について説明を受けるとともに、守沢が家主を装い、原告中西が仲介に入り、永井が所有者であることを告げず、権利譲渡が禁止されているにもかかわらず権利譲渡ができる旨告げて賃貸借契約を締結させ、権利金保証金を騙し取られたので、同人らを厳重処罰してほしいとの供述を得た。

この間、本件捜査担当の警察官は、守沢及び原告中西ら側の言い分に関しては、何ら事情聴取を行わなかった。

(3) 右警察官は、以上のような捜査結果から、前記小川の申述、仮処分異議認容判決及び原告中西の証人尋問調書が存在するにもかかわらず、本件は守沢及び原告中西が共謀して、本件家屋部分の所有者が永井であり、同人と守沢らとの間の賃貸借契約が無断転貸を禁止しているのに、所有者が永井であることを告げず、貸主が石田光夫であると装い、店舗の権利譲渡できる旨虚偽の事実を申し向けて東本ら入店者との間で本件家屋部分の転貸借契約を締結させ、権利金等を詐取した詐欺事件及び宅地建物取引業法違反事件であるとして捜査の方針を固め、西陣署所属の司法警察員Hは、原告中西には罪証隠滅及び逃亡の恐れがあると判断し、同月二六日、京都地方裁判所裁判官に、守沢らとともに原告中西の逮捕状を請求して同日その発付を受け、翌二五日原告中西らを右逮捕状により逮捕した。

3  本件逮捕の当否

以上認定事実をもとに、原告中西逮捕の理由の存否につき判断するに、本件は明らかに民事がらみの事件であるところ、本件捜査担当の警察官は、原告中西の言い分を認めた昭和六〇年三月二七日の仮処分決定に対する請求異議認容判決の存在を、永井から事情聴取した同年五月二四日ころ、あるいは入店者である秦及び小川の非協力的な態度が明らかとなった同年六月五日ころには知りえたのであるから、右判決が導いた結論と事件との関係を検討し、民事事件の推移を見守り、民事裁判の判断が永井の主張と異なることを認識した上で慎重に強制捜査の当否を見定めるべきであったにもかかわらず、それを怠り、西口及び永井の一方的な言い分に沿う資料のみをもって原告中西に対する逮捕状を請求し、守沢の入店者に対する実質的な転貸行為を永井が書面により承諾している事実を知らない裁判官から逮捕状の発付を受け、逮捕したのであるから、本件捜査担当の警察官の参考人に対する取調行為は不適切であったというほかはなく、原告中西についての逮捕状請求行為及び逮捕行為は、理由がないので違法であり過失が存したと認めざるをえない。

四取調べの適否

1  原告中西に対するM警部補の取調べ(以下「本件取調べ」という)が、前述のとおり違法な逮捕請求行為に基づくものである以上、それに続く本件取調べも原則として違法である。

2  加えて、当事者間に争いのない事実(<書証番号略>)及び原告中西本人尋問の結果によれば、以下の事実が認められる。

(一) 原告中西に対する本件取調べは、昭和六〇年六月二六日から同年七月一七日までの間、原則として日曜日を除く毎日行われた。取調日は、六月二六日(水)、二七日(木)、二九日(土)、七月一日(月)、二日(火)、四日(木)ないし六日(土)、八日(月)ないし一三日(土)、一五日(月)ないし一七日(水)である。

本件取調べはM警部補が行い、取調場所は、京都府西陣警察署内であった。

原告中西は、勾留期間中、午前九時前後に留置場である下鴨警察署を出、遅いときで午後八時半ころには右留置場に戻っている。

(二) M警部補は、原告中西の供述調書(いわゆる員面調書)を、合計一二通作成した。

その作成状況は以下のとおりである。

(1) 昭和六二年六月二七日 二通(第一回、二回)

身上関係及び犯行状況。

(2) 同年七月一日 一通(第三回)

守沢と知り合ったいきさつ等

(3) 同月二日 一通(第四回)

守沢・永井間の賃貸借の仲介状況。

(4) 同月四日 一通(第五回)

守沢・永井間の賃貸借の仲介状況の続き及び入店者募集の状況。

(5) 同月八日 一通(第六回)

守沢・永井間の賃貸借契約締結状況

(6) 同月九日 一通(第七回)

守沢・永井間の賃貸借契約状況続き。入店者の募集状況。入店者の一人である西口の契約状況。

(7) 同月一〇日 一通(第八回)

入店者である西口・上出の契約状況。

(8) 同月一一日 一通(第九回)

入店者である東本の契約状況。

(9) 同月一二日 一通(第一〇回)

東本・小川の契約状況。

(10) 同月一三日 一通(第一一回)

小川・秦の契約状況。

(11) 同月一六日 一通(第一二回)

秦の契約状況。本件一連の契約により原告中西が受け取った額。

(三)(1) 原告中西の供述状況は、昭和六二年六月二六日の弁解録取書では、詐欺及び宅地建物取引業法違反の事実を明確に否認し、本件店子との契約は雇用契約であり、逮捕されること自体心外であるとのものであった(<書証番号略>)。

続く昭和六二年六月二七日の取調べでは、原告中西は、本件入店者との契約は形式上は雇用契約だが実質は賃貸借である。しかし守沢からその形式に従い仲介に際して重要事項の告知(本件では所有者が誰か)をする必要はないと言われたので、それに従った。入店者らから権利金等名目の金員を騙し取るつもりはなかった、守沢が計画し自分はその指示に従っただけである、入店者から預った礼金・敷金・家賃等はすべて守沢に渡しているが、うち一部を守沢の指示により工事負担金として松葉工務店に渡し、領収書を受け取った、等の供述を行い、詐欺の犯意共謀は否定しながらも、宅地建物取引業法違反の事実については、一応是認していた(<書証番号略>)。同年七月一日の取調べにおいても同様であった(<書証番号略>)。そして同月二日の調べにおいても、原告中西は当初から賃貸人である永井が転貸を了解していたこと、しかし守沢が弁護士に見てもらった本件契約書を利用するから、賃貸借契約書において転貸を認めてもらう必要はない、と言ったので契約書中で転貸を認める旨の記載はしなかった、等のいきさつを供述した(<書証番号略>)。

なお、六月二九日の松葉工務店こと松葉昇に対する取調べにより、同人が守沢に頼まれ、虚偽の領収書を原告会社あてに交付していたことが明らかになった。

(2) 昭和六二年七月四日あたりから、原告中西の供述が微妙に変化した。原告中西は、本件契約書の内容がよく理解できなかったが、守沢が弁護士に見てもらって大丈夫というのであるから、間違いないのだろうと思った。当初本件契約書を守沢から示された時、同契約書を使って入店者と契約すると、後にトラブルが発生するのではないかという懸念を抱き、その旨を守沢に言うと、同人は「わしの言うとおりにしろ」と怒り出したこと、結果として守沢に押し切られ、詐欺・宅地建物取引業法違反を行うようになったこと、などを供述した(<書証番号略>)。

(3) 大きく供述内容が変わったのは、勾留延長後第一回めの取り調べである昭和六〇年七月八日からである。このとき、原告中西は、初めて、守沢に押し切られ、仲介手数料欲しさに同人の詐欺行為に加担した、永井は転貸の承諾などしていなかった、など、全面的に永井らの供述にそう供述をし、以後同月一六日まで、原告中西の詐欺及び宅地建物取引業法違反を前提にした供述を行った。

(4) ところが、同月一一日ないし一三日の検察官取調べにおいては、原告中西は詐欺罪を認めながら、右罪を構成する具体的事実について否認するという供述を行ったので、担当検察官が、警察の調書に関係なく供述するように促すと、原告中西は、警察の調べは厳しかった、こちらでは自分の言うことをよく聞いてもらえた、有り難うございましたと言って、涙を流した。

(四) 原告中西は当時六八歳で、逮捕勾留は初めてであり、西陣署における取調べにおいて、仮処分異議認容判決が、昭和六〇年三月二七日に出ていること及び追加契約書の存在をM警部補らに説明したが、同人らは、「民事では通っても、ここでは通らんぞ。取り消すまでは調べんぞ。」、「守沢は狡猾なやつやから、お前を逮捕したんや。警察に挑戦的な態度を取るやつは皆こんな目にあわしてやる。」などと申し向け、原告中西の言い分につき取り合わず、あくまでM警部補の筋書に沿った供述を要求した。また、M警部補は原告中西に対し、本当のことを言わなければ勾留を一〇日延長するとも言っていたので、勾留当初から下痢で体調を崩していた原告中西も、医者の診察を受けたことを理由に勾留期間が延長されることを恐れるあまり、右診察を受けたいと言い出せなかった。

原告中西が詐欺について自白を初めて行った昭和六〇年七月八日は、勾留延長後の初日であり、同人は自白して思わず悔し涙を流した。

3  以上の事実を総合すると、本件取調べは、本件捜査担当警察官であるM警部補らの前記民事判決等を無視した一方的な見解に基づいた筋書を原告中西に押しつけ、永井・西口らの供述と整合性のある供述を強要したものと認められ、前提である参考人に対する取調べの違法性、逮捕状請求行為及び逮捕行為の違法性と相まって、違法と判断される。

五報道機関に対する発表の適否

1(一)  本件逮捕に違法性が認められる以上、本件捜査担当警察官が、本件逮捕及び被疑事実に関する捜査経過情報を報道機関に対し提供する行為は、当然右情報が不特定多数の者の目に触れる報道記事となることが予想され、被疑者とされた者の名誉及び信用を害する行為であり、違法である。

(二)  <書証番号略>(特に、京都新聞記者がメモしたと思われる末尾の「所有者が昨年一〇月仮処分申請を行い、一〇月一八日、占有移転禁止の決定が下りている、その後明渡しの本訴を行っている。本年三月に異議申立てを側が行っている」の部分)、別紙二記載の京都新聞掲載記事内容及び前記認定事実によれば、その発表内容が、原告らの弁明に対し配慮されていなかったことが窺われる。

なお、右メモ中の「本件三月に異議申立てを側が行っている」との記載は、仮処分に対する異議申立てが昭和五九年中になされており、「本年(昭和六〇年)三月」という時期が仮処分取消判決の出た時と符号すること(<書証番号略>)から推察すると、警察発表の際、右取消判決について無造作に触れたことを示すものと思われる。

(三)  また、右<書証番号略>によれば、本件捜査担当警察官の報道機関に対する発表行為としては、被告新聞社に対する公式発表前の情報提供と、昭和六〇年六月二八日の公式発表が存したこと、後者について発表を行った京都府警所属の西口警部は、発表当日各新聞記者に対し、「雇用契約を装い、転貸の事実を秘して店舗を賃貸していた賃貸不動産業者の検挙について」と題する書面をメモとして配付したうえで本件事件の概要を公表したこと、右メモには、被疑者として原告中西のみならず、被疑法人として原告会社名も記載されていたことが認められる。

(四)  よって、本件捜査担当警察官の報道機関に対する発表行為は、原告中西に対してのみならず、原告会社に対してもその名誉ないしは信用を棄損する行為として違法である。

2  ところで、被告京都新聞社の昭和六〇年六月二八日付け京都新聞朝刊の報道については、本件捜査担当警察官のいずれが被告新聞社に捜査情報を提供したか、明らかでないが、前記認定事実の経過から、少なくとも、本件捜査担当警察官の一人が情報提供したことを推定でき、これを覆すに足りる証拠はない。

3  なお、原告らは、本件捜査担当警察官が報道機関に右情報を提供した時期が起訴前であったということ自体をもって違法であると主張するが、右主張は採用できない。

六被告京都府の責任

以上の事実関係から、京都府所属警察官の行った、本件に関する参考人取調べ、原告中西に対する逮捕状請求行為及び逮捕行為、原告中西に対する本件取調べ及び右逮捕等についての報道機関への発表行為は、被告京都府の公権力の行使に当たる公務員が、その職務を行うにつき、民事上違法とはいえない取引行為の一方当事者の感情的な訴えを冷静に受け止めることなく速断し、原告らに対して過失により行った違法な行為といえるから、被告京都府は右行為によって、原告らの受けた損害を賠償する責任を負担しているものというべきである。

第二被告新聞社に対する請求について

一請求原因2(四)の事実のうち、被告新聞社が昭和六〇年六月二八日付け日刊京都新聞朝刊上に前記大見出しの下、別紙二記載のような内容の本件被疑事件に関する記事を掲載したことは当事者間に争いがない。

そこで右記事の内容を検討するに、「借!り?た店舗は自分の店!舗?」やこれに続く「また貸し、300万円懐に」という見出しは、断定的であるうえ、行為を揶揄するものであるし、本文についても、逮捕の事実を記載するだけではなく、特に末尾の「これまでの調べで守沢らは……偽っていた。」という記載は、いかにも原告中西らが別紙一記載の被疑事実を行っていたような記載であり、見出し横の「!?」といった記号と相まって、単なる逮捕の事実を報道したというにとどまらず、一般読者をして右被疑事実が、珍奇なものであり、原告中西がとんでもない犯罪を犯したものであるかのような印象を与えかねない内容であると認められる。

しかしながら、原告会社については、右記事には「不動産会社」とあるのみで、原告会社の実名の記載はないのであるから、右記事がその名誉ないしは信用を棄損するものとはいいがたい。

二被告新聞社の主張について

1  一般に、新聞により報道された内容が、人の名誉ないし信用を棄損するようなものを含んでいる場合であっても、その内容が公共の利害に関する事柄であって、専ら公益を図る目的で記事の発表がなされた場合には、その内容が真実であることが証明されたときには右行為は違法性を欠き、不法行為は成立しないし、また右事実の真実性が証明されない場合であっても、真実であると信じるにつき相当な理由があるときは、右行為には故意過失は認められず、不法行為は成立しないものと解するのが相当である。

2  前記認定事実によれば、本件記事の内容は、いまだ公訴の提起されていない人の犯罪行為に関するものであるから、公共の利害に関する事柄であり、その報道が専ら公益を図る目的でなされたものであると推認することができる。

3  しかしながら、右報道内容については、前記のとおり、原告中西に対し、前記詐欺の被疑事実について不起訴処分がなされ、宅地建物取引業法違反の被疑事実については無罪判決がなされて確定していることに照らし、真実であるとは認めがたい。

4  そこで、被告新聞社に右記事の内容が真実であると信ずべき相当な理由があったかどうか検討する。

(一) 本件記事掲載にいたった取材経過を検討するに、唯一の証拠は証人藤井武(以下「藤井」という。)の証言であり、同人の証言によれば、取材過程(いつ、どこで、だれが、だれから、どのような情報を得たか)が全く明らかにされておらず、被告新聞社主張の相当な理由があったとの事実を認めるに足りる証拠は存しないと言わざるを得ない。

(二) かえって、同人の証言によれば、被告新聞社の記者は、本件逮捕の一週間前に本件に関する情報を得ていたが(藤井証言一二丁目)、本件が民事がらみの事件であるにもかかわらず民事紛争の存在を軽視し、担当警察官の公式発表を待たずに本件被疑事件を新聞記事にするにあたって、原告ら側の弁明を全く調査していない(同証言五丁目裏、六丁目、一二丁目裏、一三丁目、一六丁目など)し、仮処分異議事件の係属を承知しながら結果の調査をしていない事実が認められ、右認定事実を前提に判断するなら、被告新聞社は、担当警察官からの情報を鵜呑みにするのでなく、当然報道機関として独自に可能な調査を行うべきであり、かつそれを行う時間的余裕が存したにもかかわらず、それを行わずに本件記事を前記の方法で掲載しているのであるから、被告新聞社が、警察の情報を真実であると信じたとしても、信じるにつき相当な理由があるとはいい難く、その過失も認めざるをえない。

5  よって、被告新聞社の主張は認めることができない。

三被告新聞社の責任

1 以上より、被告新聞社は、その使用する記者によって、可能な調査を行わずに、捜査機関から得た情報を鵜呑みにして安易に本件被疑事件に関する記事を作成・掲載し、もって、原告中西の名誉ないし信用を害した過失が存するから、原告中西の被った損害につき、賠償する責任を負う。

2 さらに、被告新聞社の不法行為は、被告京都府の報道機関に対する情報提供行為たる不法行為を待って成しうるものであり、両者は共同した行為といえるから、共同不法行為であり、被告新聞社は原告中西に対し、被告京都府と連帯(不真正連帯)して責任を負うべきである。

第三損害

前記不法行為によって、原告らに生じた損害について検討する。

一原告会社の減収について

1  原告会社は、同社の昭和六〇年七月一日から昭和六二年一〇月三一日までの減収(財産的損害)は、本件新聞報道による旨主張する。

既に述べた通り、被告京都府は、報道機関に対し、被疑法人として、原告会社名を知らせている(だからこそ、<書証番号略>によれば、朝日新聞・毎日新聞は、いずれも、原告会社名を記載しているのである)。

これら新聞報道は、被告京都府の公権力の行使に当たる京都府警所属警察官の公式発表に基づき行われているのであるから、右警察官の行為と原告会社に生じた損害との間に相当因果関係が存する限り、被告京都府は原告会社の損害について、責任を負わなければならない。

2(一)  しかし、被告新聞社は、別紙二記載の記事を見れば明らかなように、その新聞報道において原告中西名を記載しただけで、原告会社名を記載していないのであるから、被告新聞社は、原則として、原告中西と人格を異にする原告会社の財産的損害に対して、賠償責任を負わないというべきであるが、例外として、原告会社がいわゆる個人会社で、原告中西に原告会社の機関としての代替性がなく、原告中西と原告会社が経済的に一体と認めうる場合には、被告新聞社は、原告会社に生じた損害についても、賠償する責任を負う(最判昭和四三年一一月一五日判決民集二二巻一二号二六一四頁)。

(二)  そこで、本件を検討するに、原告らは、原告中西が原告会社の事実上の経営者であった旨強調するが、<書証番号略>及び原告中西本人尋問の結果によれば、原告会社が所謂個人会社であり、現在営業に従事している者は、原告中西及びその妻福子及び息子の康雄の三人であることが認められるが、同時に、従前はともかく現在の原告会社の代表者は右福子であり、また、宅地建物取引主任者は康雄である事実が認められ、以上をもってすれば、なお原告中西に原告会社の機関としての代替性がなく経済的に一体とまでは認定できない。

(三)  よって、被告新聞社は、原告会社に生じた損害につき、責任を負わない。

3  そこで、被告京都府が負わなければならない損害額について検討する。

<書証番号略>によれば、原告会社主張の減収期間は、本件に関する新聞各社の記事掲載直後の昭和六〇年七月一日から、記事掲載前の利益にまで回復したと認められる昭和六二年一〇月三一日までと認められること、原告会社は個人会社であり、その人件費は、原告会社の収益に応じて適宜増減してきているので、減収額をみるには、人件費支出前の額を見なければならないこと、月により収益に差があるので、昭和五八年一一月から本件報道機関発表行為前である昭和六〇年六月三〇日まで(二〇か月間)の人件費支出前の収益の平均を取ると、月一一三万九〇二三円であること、昭和六〇年七月一日から昭和六二年一〇月三一日まで(二八か月)の、人件費支出前の収益は、

①第一三期会計年度中、昭和六〇年七月一日から同年一〇月三一日までの四か月については、マイナス一九万六七四二円

②第一四期会計年度である昭和六〇年一一月一日から昭和六一年一〇月三一日までの一二か月については、七九七万七二九一円

③第一五期会計年度である昭和六一年一一月一日から昭和六二年一〇月三一日までの一二か月については、八三一万七三〇九円である。

以上から減収額を計算すると、

①昭和六〇年七月一日から同年一〇月三一日(第一三期会計年度中四か月)四七五万二八三四円

(113万9023円×4)−(−19万6742円)=475万2834円

②昭和六〇年一一月一日から昭和六一年一〇月三一日(第一四期会計年度一二か月) 五六九万〇九八五円

(113万9023円×12)−797万7291円=569万0985円

③昭和六一年一一月一日から昭和六二年一〇月三一日(第一五期会計年度一二か月) 五三五万〇九六七円

(113万9023円×12)−831万7309円=535万0967円

以上を合計すると、金一五七九万四七八六円となるので、会社主張の一五〇〇万円の減収を認めることができる。

二しかしながら、不動産の売買、賃貸借の媒介等の業務を行う小規模の個人会社(原告会社の資本金は当時三〇〇万円(<書証番号略>))の収益は、その業種の特殊性から不安定で、複数の要因により時期、年度の違いでばらつきの多いことが容易に想定されることを考えると、右計算上の減収のすべてが京都府警所属警察官の前記不法行為(違法な公表)の結果生じたものとは到底解することはできず、右行為と相当な因果関係のある減収は、右公表の実際的な影響の有無を考慮すれば、せいぜいその五分の一である三〇〇万円の限度にとどまるものと解される。したがって、右金額を被告京都府の負うべき原告会社の損害額と認める。

三原告中西に対する慰謝料について

1  違法な逮捕・取調べに対する慰謝料

前記第一、四認定の事実によれば、原告中西が、違法な逮捕及び取調べにより、著しい精神的苦痛を被ったであろうことは、容易に察せられる。よって、この原告中西の精神的苦痛に対する慰謝料は、前記認定の事情及びその他記録に現れた諸般の事情を総合すると、五〇万円をもって相当と認める。

2  違法な新聞報道に対する慰謝料

原告中西が、本件逮捕につき実名報道されたことにより、これまた著しい精神的苦痛を被ったであろうことは想像に難くない。この点については、被告らの共同不法行為による不真正連帯責任が認められ、慰謝料としては、三〇万円が相当である。

第四結論

以上によれば、原告会社の請求は、被告京都府に対してのみ不法行為に基づく損害賠償請求として金三〇〇万円及び内金一〇〇万円については、昭和六〇年一一月一日(第一三期会計年度の翌日)から支払済みまで、金一〇〇万円については、昭和六一年一一月一日(第一四期会計年度の翌日)から支払済みまで、金一〇〇万円については、昭和六二年一一月一日(第一五期会計年度の翌日)から支払済みまで、民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を、原告中西の請求は、被告らに対して、共同不法行為に基づく損害賠償請求として金三〇万円及びこれに対する昭和六〇年八月一日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の不真正連帯支払を、並びに被告京都府に対して、不法行為に基づく損害賠償請求として金五〇万円及び昭和六〇年七月一八日(身柄釈放日)から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で正当であるから、右の限度で認容し、その余の請求はいずれも失当としてこれを棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条、九三条一項ただし書を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用し、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官堀口武彦 裁判官愛染禎 裁判官奥田哲也は、転補につき、署名捺印することができない。裁判長裁判官堀口武彦)

別紙一

被疑事実の要旨

被疑会社生光不動産株式会社は、京都市上京区<番地略>に事務所を置き、京都府知事から(五)第三三〇九号の宅地建物取引業者免許を受け、不動産の売買、賃貸借の仲介等の業務を行うもの、被疑者中西繁は、右会社の営業社員、被疑者守沢栄太郎は、飲食店経営を自称するものであるが、

京都市上京区<番地略>所在の永井一喜所有にかかる木造瓦葺二階建居宅の一階店舗約二五坪を昭和五八年二月二二日に飲食店営業をすると借主被疑者守沢栄太郎および石田光夫、貸主永井一喜の賃貸借契約を被疑者中西繁の仲介によって締結したが、賃貸人の書面上の承諾なく賃借権の譲渡又は物件転貸、間貸等ができない条件が付されているにもかかわらず、右賃借物件を五区画に分割し、貸営業用物件広告をして応募した賃借希望者等に対し、転貸禁止条件を免れるため、賃借人を業務担当者として、これを雇用して被疑者守沢栄太郎、石田光夫が飲食店営業を行う如く装う契約書を作成し、真実は、右店舗用建物の所有者は、永井一喜であり、同人から賃借権の譲渡、転貸等を禁止されて賃借した物件であるのにこれを秘し、貸主が石田光夫であると装い、右賃貸借物件の転貸しによって、転借人から権利金、保証金等の名下に金員を騙取しようと企て、

一 被疑者守沢栄太郎、同中西繁は、共謀のうえ、被疑会社の業務に関し、

京都市上京区<番地略>所在の聚楽会館一階店舗B号室一五平方メートルの賃貸借の申入れをした京都市下京区<番地略>上出安子および上出一正に対し、

昭和五八年五月中旬ころ、京都市上京区<番地略>聚楽会館および同年五月二三日ころ、京都市上京区<番地略>生光不動産株式会社事務所において、

「店舗の権利譲渡はできます。礼金九〇万円、敷金六〇万円、家賃六万円です。契約書は当方の都合によりこのような書類にしているが、これは形式的な書類で、店舗の賃貸借契約で、権利譲渡も自由にできますので心配いりません。

毎月五日までに家賃六万円と共同便所使用料として一五〇〇円支払っていただければ結構です。上出さんが借主であることに間違いありません。」

などと虚偽の事実を申し向け、故意に重要な事項である建物の登記簿等の所有者等について故意に事実を告げず、かつ、不実のことを告げ、同人らをして権利譲渡ができる通常の賃貸借契約であると誤信させ、

よって、昭和五八年五月二三日、同会社事務所において、同人らから権利金、敷金名下に現金七五万円、同年七月九日、同会社事務所において同人らから権利金、敷金名下に現金七五万円の各交付を受けてこれを騙取し、

二 被疑者守沢栄太郎、同中西繁は、共謀のうえ、被疑会社の業務に関し、

京都市上京区<番地略>所在の聚楽会館一階A号室一七平方メートルの賃貸借の申入れをした京都市右京区<番地略>西口喬介および西口幸子に対し、

昭和五八年五月一九日から同年七月九日までの間京都市上京区<番地略>の聚楽会館および京都市<番地略>生光不動産株式会社事務所において、

「権利譲渡できる。権利金敷金で二五〇万円、家賃八万円、お宅の好みに内装して下さい。

手付金一〇〇万円は保証金に振り替えます。出るとき払うけど権利譲渡ですから一緒のことです。

八万円は家賃です。六〇万円は名義書換料です。六〇万円払ってもらったら、いつでも交代できる。ただし、その時はその人に会わせて下さい。暴力団等が入ったら困るから。

いろいろ書いているが、家賃八万円と共同便所や廊下の電気代の共益費一五〇〇円払ってもらったら契約書に書いてあることは関係ない。

こういう形式的なものや。」

などと虚偽の事実を申し向け、故意に重要な事項である建物の登記簿上の所有者等について、故意に事実を告げず、かつ不実のことを告げ、同人らをして権利譲渡ができる通常の賃貸借契約であると誤信させ、

よって、昭和五八年六月二四日同会社事務所において西口喬介から保証金名下に現金一〇〇万円、昭和五八年七月九日同会社事務所において、同人らから権利金名下の現金一五〇万円の各交付を受けて、これを騙取し、

三 被疑者守沢栄太郎、同中西繁は、共謀のうえ、朝日不動産商事株式会社の社員小西栄一の仲介により、京都市上京区<番地略>の聚欄会館一階店舗約4.5坪の賃貸借の申入れをした京都市中京区<番地略>山根ハイツ三〇三号東本滝子こと鄭滝子に対して、昭和五八年五月末日ごろ京都市上京区<番地略>の聚楽会館および同年六月二四日ころ京都市中京区<番地略>朝日不動産商事株式会社事務所において、

「四分が保証金、六分が権利金、権利譲渡もできる。税金対策や権利譲渡の際暴力団などに譲渡すると聚楽会館全体に害を及ぼすので、このような形式にしているだけです。

最近、店舗等の賃貸借契約においてこのような雇用契約形式をとるケースが多くなっているが、契約上特に問題はない。

私は石田光夫の代理人であり、店舗権利者の一人でもある守沢です。

家賃六万二千円を毎月納めてくれたらよい。」

などと虚偽の事実を申し向け、同人をして権利譲渡できる通常の賃貸借契約である旨誤信させ、

よって昭和五八年六月二四日右会社事務所において、同人から保証金名下に現金五〇万円、昭和五八年八月一七日に京都市上京区<番地略>生光不動産株式会社の事務所において、同人から保証金名下の残金一八万円および権利金名下の現金一〇二万円の各交付を受けてこれを騙取したものである。

別紙二

京都府警本部保安課の西陣署は二十七日までに、京都市左京区<番地略>飲食業守沢栄太郎(七一)と上京区<番地略>不動産会社従業員中西繁(六八)を詐欺と宅地建物取引業法違反(重要事項の不告知)の疑いで逮捕した。調べでは、守沢は五十八年二月、上京区、無職Aさん(五〇)方の階下店舗(約八十平方メートル)を、Aさんの承諾なしには転貸できないことを条件に借りた。守沢はこの店舗を自己所有のように装い、借り主が他の人に賃借権を権利譲渡出来るといい、同七月ごろ、右京区の飲食業者ら二人に貸し、保証金など約三百万円をだまし取った疑い。中西は、この店舗が守沢の所有でないのを知りながら同飲食業者ら二人に契約の仲介をした疑い。

これまでの調べで守沢らは、中西の勤める会社名で、広告を使って店舗の借り主を募集。Aさんには、守沢が飲食業を営み、実際の店舗使用者である飲食業者は業務担当として雇用していると、偽っていた。

別紙三<省略>

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